「いまゴミ出して」を、記録に残せるようにした
お手伝いの記録アプリを作っていて、いちばん気になっていたのがこれでした。実際にいちばん多いお手伝いは「ついでにこれもお願い」なのに、記録に残るのは事前に登録した定番のものだけ。手順が用事そのものより長ければ、人は記録をやめます。この記事では、その問題に「先に決めるのをやめる」=事後決裁という形で答えを出した話と、その運用のコツを書きます。
記録されないお手伝いが、いちばん多い
家庭のお手伝いには、2つの種類があります。
- 定番のもの——毎日の食器下げ、週末の風呂そうじ、決まった曜日のゴミ出し
- 突発のもの——「ちょっとこれ運んで」「いま宅配来たから受け取って」「下の子見てて」
お手伝いを管理するしくみは、たいてい前者しか扱えません。事前に登録しておく作りになっているからです。ところが実際の生活で発生する回数は、後者のほうが圧倒的に多い。
残らないと、子どもの中では「タダ働き」になる
ここが問題です。ポイント制を導入している家庭では、子どもは「やったことが記録に残る」ことを前提に動いています。その中で、頼まれた用事だけが記録されないとどうなるか。
子どもの体感としては、正式なお手伝いと、タダ働きの2種類があるという状態になります。そして人は、報われるほうを選びます。「登録されてないやつはやらない」と言い出したら、それは子どもがずるいのではなく、しくみがそう教えたということです。
親の側にも、しこりが残る
逆の立場でも同じです。「さっきゴミ出してくれたよね」と思っていても、記録がなければ話は「言った・言わない」になります。数日たてば、親も覚えていません。
週末に「今週はあんまりお手伝いしなかったね」と言ってしまい、子どもから「したよ、火曜に段ボール運んだじゃん」と返ってくる。この種のすれ違いは、記録の欠落から生まれます。
従来のやり方は、5分の用事に対して重すぎた
では、突発の用事もその場で登録すればいいのでは、という話になります。RingiQuest でもそれはできました。できたのですが、実際にはほとんど使われませんでした。
5分の用事に、6項目の入力フォーム
従来のクエスト作成フォームで入力するのは、タイトル・説明・難易度・想定時間・繰り返しの設定・担当者。定期的に回すお手伝いを作るなら妥当な項目数ですが、「いまゴミ出して」の一回のためにこれを埋めるのは、どう考えても割に合いません。
しかも、いちばん手が離せない瞬間に発生するのが突発の用事です。夕飯を作りながら「ゴミ出してきて」と言った親に、そこでスマホを取り出してフォームを6項目埋めろというのは、現実的ではありません。
子どもが自分から提案する場合は、さらに待ちが挟まる
RingiQuest には、子どもが自分でお手伝いを提案できる機能があります。ただしこれは親の承認を待ってから始まる作りです。勝手にお手伝いを作って勝手にポイントを得られては困るので、当然の設計ではあります。
ところが突発の用事では、この順番が機能しません。子どもが「玄関そうじやろうかな」と思い立ったとき、提案して、親が気づいて、承認して、それから始める——という流れをたどっているうちに、たいていやる気は消えています。
問題の一般形 記録の手順が、記録される作業より長い。この状態になると、人は必ず記録をやめます。これはやる気の問題ではなく、単純な損得です。しくみの側が悪い。
発想の転換——先に決めるのをやめる
入力項目を減らそうとして、しばらく行き詰まりました。難易度も想定時間も、対価を計算するために必要な情報です。省いたら、対価が決まりません。
抜け道は、前提のほうにありました。対価を、始める前に決めなければならない理由はない。
会社にも「事後決裁」はある
RingiQuest は家庭のしくみを会社の稟議・決裁に見立てたアプリですが、その見立てで考えると、答えはすぐ出ました。会社にも、緊急時にまず動いて後から決裁を取る事後決裁という手続きがあります。
先に承認を得るのが原則だけれど、それを待っていては用が足りない場面がある。だから走ってから承認する。突発の用事は、まさにこれです。
何分かかったかを見てから、対価を決める
しかも、この順番には副産物がありました。RingiQuest には所要時間を計測する機能があるので、事後決裁にすると親は「実際に何分かかったか」を見ながら対価を決められます。
事前に決めるときの「たぶん5分くらいかな」という当てずっぽうより、終わってから「18分かかってる」と分かったうえで決めるほうが、はるかに納得のいく値付けができます。順番を逆にしたら、精度が上がった。これは作ってから気づいたことでした。
「いますぐやる」の流れ
実際の流れはこうなります。
- クエスト画面の「いますぐやる」を押す。 入力欄はタイトルひとつだけです。「ゴミ出し」と打つ。
- 作成した瞬間に、計測が始まる。 改めて「はじめる」を押す必要はありません。
- 終わったら「おわった」を押す。 所要時間が記録されます。
- 親のところに承認が届く。 通知を設定していれば、その場で届きます。
- 親が実測時間を見ながら、対価を決めて承認する。 ここが事後決裁の本体です。
子ども側の操作は、実質2回のタップと数文字の入力だけです。用事そのものより手順が短くなったので、ようやく記録が現実的になりました。
子どもが作っても、承認待ちにはならない
通常のクエスト提案と違い、即席クエストは子どもが作っても事前承認を挟みません。すぐ始まります。
これは意図的です。事前承認を待たないことがこの機能の要点なので、そこを残したら何も解決しません。代わりに、完了後の承認を必須にしてあります。承認しない限りポイントは入らないので、勝手にポイントを増やすことはできません。チェックのタイミングを前から後ろに移しただけで、チェック自体は無くしていないということです。
対価は、実測時間から自動計算していない
ここは意識的に線を引いたところです。「18分かかったのだから、18分ぶんのポイント」という自動計算はしていません。仮の金額は既定の想定時間から出しておいて、実際の金額は親が決めます。
理由は、実測で自動的に払うしくみにすると、計測を始めて放置するのがいちばん得になるからです。とくに即席クエストは想定時間を尋ねないので、「この作業は長くても30分のはず」といった上限も引けません。通常のクエストより、この抜け道に弱い。だからここは自動化せず、親の判断を挟んでいます。
事後決裁を、うまく運用する5つのコツ
自由度が高いぶん、運用のしかたで印象が変わります。実際に使ってみて分かったコツを挙げます。
コツ1: 相場は、既存のクエストに合わせる
毎回まったく違う金額をつけると、子どもは基準が分からなくなります。定番のクエストと同じ物差しで決めるのが基本です。
RingiQuest なら、基本レート(1分あたり何ポイント)が決まっているので、実測時間に近い想定時間のクエストがいくらだったかを思い出せば、だいたい揃います。迷ったら「これは風呂そうじと同じくらいだな」と考えて、同じ金額にすれば十分です。
コツ2: 「思ったより大変だった」に、ちゃんと応える
事後決裁のいちばんの利点がこれです。頼んだときは軽い気持ちだったけれど、実際にはかなり時間がかかった——という場面で、その場で上乗せできる。
「これ、思ったより大変だったね」と言いながら金額を足す。この一往復は、金額そのものより効きます。見ていてくれた、という感覚が残るからです。
なお、この対価の書き換えは通常のクエストの承認でも使えます。いつもの皿洗いが、来客で食器が3倍あった日に多めに払う、といった使い方ができます。
コツ3: 決裁を溜めない
これがいちばん効きます。承認が遅いと、しくみ全体が止まります。
子どもの側から見ると、終わったのにポイントが入らない状態がずっと続くわけです。数日放置されれば、次からは記録しなくなります。せっかく記録の障壁を下げても、その先で詰まっていては意味がありません。
現実的には、夕食後などに時間を決めて、まとめて処理するのが回りやすいと思います。通知を有効にしておくと、その日のうちに気づけます。
コツ4: 実測が長いからといって、そのまま掛け算しない
実測時間が見えるようになると、つい「45分かかったから45分ぶん」と計算したくなります。ここは踏みとどまったほうがいいと考えています。
途中で友達から連絡が来て手が止まっていたかもしれないし、初めての作業で手間取っただけかもしれません。実測は判断の材料であって、計算式ではありません。「だいたいこれくらいの仕事だったな」という判断を、親が入れる余地を残しておいたほうが、結果として揉めません。
コツ5: 金額を書き換えたら、確認文の数字も見る
細かい話ですが、承認画面で金額を書き換えたときは、確認メッセージに出ている数字も同じになっているか見てください。
これは開発中に実際にあった不具合で、金額の入力欄を書き換えても確認文だけが元の金額のまま——「18ポイントが加算されます」と言いながら77ポイント記帳する——という状態になっていました。実機の画面を見ていて見つかりました。いまは直っていますが、お金に関わる表示は疑ってかかるくらいでちょうどいいと思っています。
使いどころの例
具体的にどんな場面で使えるか、挙げてみます。
- ゴミ出し・宅配の受け取り——短時間だが発生頻度が高い代表格
- 買い忘れのおつかい——「牛乳だけ買ってきて」
- 下の子の相手——親が手を離せないときの応援。時間がまちまちなので事後決裁と相性がいい
- 季節の作業——扇風機の出し入れ、窓ふき、庭の草取り。年に数回なので定番登録するほどではない
- 親が体調を崩した日の家事——普段は親がやっていることを代わってもらう場面
- 子どもが自分から思いついたこと——「玄関そうじやっとくね」。承認待ちを挟まないので、やる気が消えないうちに始められる
- 来客の準備・片づけ——量が読めないので、終わってから決めるほうが公平
- 引っ越しや模様替えの手伝い——一回きりの大仕事
共通しているのは、「事前に何分かかるか分からない」「一回きりで終わる」という性質です。逆に、毎週決まって発生するものは通常のクエストとして登録したほうが管理しやすくなります。
注意点——即席に頼りすぎない
同じ用事が3回出てきたら、定番に昇格させる
便利なので、気づくと何でも即席で作るようになります。ただ、毎回親が金額を決めるのは、長期的には親の負担です。
同じ内容の即席クエストが3回ほど出てきたら、それは定番のクエストとして登録すべきものです。一度登録してしまえば、対価は自動で決まり、承認すら不要にできます(承認を挟むかどうかはクエストごとに選べます)。即席は例外処理であって、標準の運用にするものではありません。
別のクエストを計測中なら、切り替えの確認が出る
一度に計測できるお手伝いは1つだけです。すでに何かを計測中に即席クエストを始めようとすると、「そちらを中断して切り替えますか」という確認が出ます。
これは仕様です。2つ同時に計測できると、どちらの時間も正確でなくなります。中断した側の記録は残りませんが、まちがった時間が記録されるより、記録がないほうがましという考え方です。
対価の書き換えは、その1回だけに効く
承認時に金額を書き換えても、それはその1回ぶんの支払いだけです。クエスト自体の設定は変わりません。
毎日の皿洗いを1回だけ多めに払ったら翌日以降も上がっていた、という驚きを作らないための設計です。相場そのものを変えたいときは、通常の編集画面から変更してください。
まとめ——記録の障壁は、そのまま記録の欠落になる
この機能を作って改めて思ったのは、しくみに残らないことは、無かったことになるということです。
頼まれた用事をこなしたのに記録されない状態が続けば、子どもは「登録されているものだけがお手伝い」と学習します。それは、こちらが伝えたかったこととは違います。家族の一員として手を貸すことに、正式も非正式もないはずでした。
解決は、記録する手間を用事より軽くすること。そのために必要だったのは、機能の追加というより順番の入れ替えでした。先に決めて、やって、記録する——ではなく、やって、記録して、それから決める。
会社の稟議に事後決裁があるように、家庭のルールにも例外処理の口はあったほうがいい。例外を扱えないルールは、例外が起きた日に壊れて、そのまま戻ってこないからです。
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